ポップアート風のイラスト。「FREE MONNY」というスペルミスのある看板を笑うビジネスマンが、落とし穴に落ちそうになっている様子。「誤字はわざと。賢い人お断り」というテーマを表現

朝の通勤電車。

毎日のルーティンである満員電車に揺られながら、あなたは手持ち無沙汰にスマートフォンの画面をスワイプしている。

老眼が少し気になり始めた目で追うのは、部下からの業務報告、妻からの「帰りに牛乳買ってきて」というメッセージ、そしてニュースアプリの通知。

その日常の中に、異質なものが紛れ込む。

「【緊急】アマゾンnの支払いが失敗しました。至急、確認シてください」

「税務署からの、重要なお知らせ。未払いの税金がありまs」

「アマゾンnって何だよ」

「最後、カタカナになってるぞ。小学生でも、もう少しまともな日本語を書く」

あなたは画面を見て、呆れたように鼻で笑い、削除ボタンを押すだろう。

車窓の外を流れる街並みを眺めながら、心の中でこうつぶやく。

「最近の詐欺師は、翻訳ソフトもまともに使えないのか」

「こんなバレバレの嘘、誰が引っかかるんだ」

自分は騙されない。自分には常識がある。

そんなふうに、画面の向こうにいる犯人を「自分より頭の悪い、日本語も不自由なマヌケ」だと見下して、少しだけ優越感に浸っていないだろうか。

だが、

あなたが「こいつはバカだ」と笑ったその瞬間、犯人もまた、画面の向こうでニヤリと笑っている。

「よし、こいつは『賢いヤツ』だ。相手にするだけ時間の無駄だな」と。

そう、あの奇妙な日本語は、彼らのミスではない。

あれは、騙すのが難しい「面倒な相手」を最初から振るい落とすための、計算され尽くした『踏み絵』なのだ。

彼らが探しているのは、誤字脱字にツッコミを入れるような、教養あるあなたではない。

「文章がおかしくても気づかないくらい、切羽詰まっている人」

「『緊急』という文字を見ただけで、パニックになってしまう人」

そんな、一握りの「上客」だけだ。

今回は、わざと「バカなふり」をして獲物を待つ、詐欺師たちの恐るべき計算高さと、その裏にある冷徹なビジネスロジックを暴いていく。

なぜ、わざと「おかしな日本語」を使うのか

犯行現場(メール)に残された「変な漢字」や「謎の空白」。

実はこれ、まっとうな商売で言うところの**「お客さん選び(ターゲティング)」**だ。

想像してみてほしい。

あなたがもし、空き巣に入ろうとしている泥棒だとする。

ある家の玄関には、防犯カメラが設置され、「猛犬注意」のステッカーが貼ってある。

一方、隣の家は鍵が開けっ放しで、庭の手入れもされていない。

あなたは、わざわざ猛犬に噛まれるリスクを冒してまで、前者の家に入るだろうか?

いや、もっと簡単に入れそうな隣の家を選ぶはずだ。

詐欺師にとっての「賢い人(あなた)」は、この「猛犬」と同じだ。

あとになって「これは詐欺だ!」と騒ぎ立てたり、警察に通報したり、あるいは理屈っぽく「この請求の根拠は?」と問い詰めてきたりする。

そんな相手とやり取りするのは、彼らにとって**「時間のムダ」**であり、逮捕されるリスクを高めるだけの行為だ。

だから彼らは、入り口(最初のメール)にあえて「違和感」というハードルを設置する。

  • 賢い人: 「日本語がおかしい。詐欺だ」と気づいて無視する。
    • → 犯人にとっては「お呼びでない客」。勝手に去ってくれるので好都合。
  • カモ: 「大変だ!すぐ確認しなきゃ」と、文章の変さに気づかない、あるいは気にならない。
    • → 犯人が求めている「素直なお客さん」。

つまり、あの下手な日本語は、「ここから先は、疑うことを知らない素直な人以外お断り」という看板なのだ。

それを笑っているあなたは、すでに彼らの掌の上で「不合格」の判を押されているに過ぎない。

彼らはあなたを避けたのだ。あなたが彼らを避けたのではなく。

完璧な日本語が書けないわけがない

「いやいや、外国人だから日本語が下手なだけだろう」

そう思っているなら、それは大きな間違いだ。敵を侮りすぎている。

最近の犯行グループは、一般企業顔負けの組織力を持っている。

海外に拠点を置きつつ、日本の文化や商習慣に詳しいスタッフを雇ったり、あるいは最新のAI(人工知能)を駆使したりしているケースも多い。

今や、AIに一言指示を出せば、あなたの部下が書く日報より、よほど丁寧で完璧なビジネスメールが一瞬で作成できる時代だ。

「日本の銀行員のような、礼儀正しい督促メールを作って」と入力するだけでいい。それこそ3秒もかからない。

技術も知恵もある。それなのに、なぜ未だに「中華フォント」や「変な日本語」が送られてくるのか。

答えはシンプル。「その方が、手っ取り早く、効率よく稼げるから」だ。

もし、彼らが完璧な日本語で、流暢なメールを一斉送信したらどうなるか。

本来なら騙されるはずのない「用心深い人」まで、うっかりリンクをクリックしてしまうかもしれない。

「あれ?本当にアマゾンからかな?」と迷う人が増える。

すると、犯人のもとには大量のアクセスが集まってしまう。

しかし、その中には「途中で詐欺だと気づく人」や「疑り深い人」がたくさん混ざっている。

犯人は、そいつらの対応に追われることになる。

「ログインできないんだけど、どうなってるの?」

「本当に未払いがあるんですか?」

そんな問い合わせが殺到し、偽サイトのサーバーはパンクし、対応スタッフの手は塞がってしまう。

これらは全て、彼らにとっての「営業妨害」だ。彼らは忙しいのだ。

1円にもならない「冷やかし客」の相手をしている暇はない。

彼らが欲しいのは、**「最後まで疑わずに、お金を払ってくれる人」**だけ。

その一握りの「優良顧客」だけを砂金採りのように見つけ出すために、あえて大多数の人が「なんだこれ」と笑うような、網の目の粗いザル(雑なメール)を使っているのだ。

「自分は賢い」という油断が命取り

この「バカなふり作戦」には、もう一つの怖い効果がある。

それは、あなたの「警戒心」を完全に武装解除させてしまうことだ。

人間は、相手を「自分より格下だ」と思った瞬間、無意識にガードを下げる。

「こんなバカな犯人に、人生経験豊富な私が騙されるわけがない」

「どんな手口なのか、ちょっとからかってやろう」

「社会勉強のために、どこまでやるか見てやろう」

そうやって、遊び半分でリンクを踏んだり、返信をしたりする大人が後を絶たない。

だが、忘れないでほしい。

「相手をナメている時」こそが、人間が一番無防備になり、致命傷を負う瞬間だ。

リンク先には、メールの雑さとは裏腹に、本物の銀行サイトと見分けがつかないほど精巧に作られた偽サイトが待っているかもしれない。

入り口はボロボロの小屋だったのに、一歩中に入ったら、そこは最新鋭のセキュリティ破りの装置が並ぶ要塞かもしれないのだ。

あるいは、あなたが「騙されないぞ」と余裕綽々でアクセスしたその瞬間に、スマホにウイルスを仕込まれるかもしれない。

あなたが面白半分で送った「日本語勉強しろ」という返信メールから、あなたの個人情報が特定され、「カモリスト」として裏社会に売買されるかもしれない。

一度リストに載れば、もう終わりだ。

今度は日本語がおかしいメールではなく、あなたの家族構成や趣味嗜好に合わせた、巧妙で逃れられない罠が、毎日のように届くことになるだろう。

「入り口がバカそうだったから油断した」

そんな言い訳は通用しない。彼らは、あなたのその「油断」という心の隙間を、最初から狙っていたのだから。

笑わずに、ただ静かに消せ

犯人は、決して日本語が下手なわけでも、頭が悪いわけでもない。

彼らは、「自分の手間を極限まで減らして、効率よく儲ける」ことだけに命をかけた、冷徹なビジネスマンだ。

あの奇妙な文章を見て、あなたがすべきことは「嘲笑」ではない。

「ここまで計算してやってくるのか」という「恐れ」を持つことだ。

そして、「自分は彼らのターゲット選定の場に立たされている」という危機感を持つことだ。

ここで、この記事で明らかにした「敵の手口」を整理しておこう。

  • 違和感は「ふるい」: 下手な日本語は、賢い人をあえて除外するためのフィルターである。
  • 効率至上主義: 彼らは完璧な日本語を書けるが、対応コストを下げるためにあえて書かない。
  • 油断の誘発: 「バカな犯人だ」と笑った瞬間、あなたの心のガードは下がっている。

我々大人が取るべき身の守り方は、たった一つ。

「完全なる沈黙」

「変な日本語だな」とネタにして飲み会の話題にしたり、SNSに投稿して笑いを取ろうとしたりしてはいけない。

ましてや、「日本語勉強しろ」などと正義感を出して返信してはいけない。

それは、「私はあなたの罠に気づいていますよ」とアピールしているようで、実は「私はあなたの土俵に興味を持っています」「私のアドレスは生きています」と、敵に塩を送っているのと同じだ。

犯人のフィルターに引っかかってはいけない。

彼らにとって、あなたは「相手にする価値のない、賢すぎる客」でい続けろ。

存在を消せ。

無言で削除し、彼らのリストから静かにフェードアウトする。

何の痕跡も残さず、彼らのビジネスの対象外になる。

それが、この知恵比べにおける、大人の唯一の勝利条件だ。